派遣の歴史
人材派遣の始まりから現在までの流れをわかりやすく解説します。
更新日:2026.06.23
1. 日本の職業紹介事情と職業紹介に関する制度の変遷
日本の職業紹介業の始まり
江戸時代
日本の職業紹介が商売として始まったのは江戸時代のことです。
徳川幕府の成立後、各地の城下町を中心に商売が発展したことで、労働力の需要が高まりました。また、参勤交代制度の開始により、大名が江戸に滞在する際の一時的な奉公人(労働者)の雇い入れも急増しました。
一方で、地方の農村等から江戸への出稼ぎ労働者も増加したため、この需要と供給の双方を結びつける存在として、職業紹介業者が誕生しました。
紹介業者には「口入屋(くちいれや)」、「桂庵(けいあん)」等の様々な俗称がありましたが、江戸幕府による正式な名称は、「人宿(ひとやど)」といいます。
人宿は求人に合わせて候補者を選び、奉公先まで連れて行って求人者に紹介します。紹介後、求人者の気に入った労働者がいれば、給金を設定して、翌日から数日間の試用期間を開始しました。加えて、人宿は労働者の身元を保証する役割も担っていました。奉公契約の成立後、奉公人は雇い主へ、身元保証書として、「奉公人請状(ほうこうにんうけじょう)」を提出します。身元保証人の父兄等の縁者が、奉公人名や奉公期間、給金、逃亡時の始末等を奉公人請状に記載し、人宿が連帯保証人として奉公人請状に捺印しました。
人宿の主な収入は紹介にかかる手数料と、奉公人請状に判を押した際に受け取る判賃(はんちん)でした。紹介手数料は雇い主および奉公人の双方から賃金の10~15%を受け取っていたとされています。
職業紹介事業に多くの事業者が参入するようになると、労働者の身元をよく調べずに紹介する、紹介料をより多く取るために奉公先を短期間で次々と変えさせるといった、悪質な職業あっせんも見られるようになりました。この状況を是正するため、奉行所は、「番組人宿」という組合の結成・加入を義務づけ、組合を通じて運営に関する指示・指導を行いました。これは業界の自主規制を促すためのものでしたが、十分な効果は上がらなかったといわれています。
強制的な労働・搾取の横行
明治時代~戦前
明治時代から大正時代にかけても、労働者供給の現場では、紹介業者による労働者の不当な支配(中間搾取)が横行していました。労働者の知識不足につけこんで劣悪な労働条件を押し付けたり、労働者の賃金や前借金から不当な手数料を搾取したりすることも珍しくなかったといいます。
特に明治以降、主要産業の一つだった製糸業では、工場が増え労働力の需要が高まる中、虚偽の求人広告による勧誘や、誘拐・前借金等による半ば人身売買のような形で女工が集められるようになりました。また、工場では集めた女工の逃亡を防ぐため、寄宿舎に住まわせて監視下に置きました。さらに女工を引き留めるため、雇用期間中の退職を禁じる年季制度や、給与の大部分を強制的に実家へ送金させる仕組み等があったとされています。こうした強引な人集めが行われる一方で、低賃金での長時間労働、女性・年少者の酷使、多発する労働災害等が問題になりました。
これらの搾取を取り締まるため、やがて各地で、労働者の募集における詐欺や不正を禁じる取締規則が整備されるようになっていきました。
無料職業紹介事業の誕生
1909年
日本で手数料を取らず、無料で職業紹介を行おうとする動きが始まったのは、20世紀に入ってからのことです。
1901年(明治34年)、東京本所若宮町にあった私立第一無料宿泊所が、そこに宿泊していた困窮者を対象に、無料の職業あっせんを行ったのが始まりでした。背景には、日清戦争(明治27~28年)、日露戦争(明治37~38年)を経て、多くの失業者が発生した社会情勢があったといいます。
また1906年(明治39年)には、東京の芝愛宕町にある救世軍本部に、日本初となる専門の職業紹介所が創設されました。この背景には、同年の東北地方における大飢饉があります。当時の困窮した家庭では、人買いに子どもを売って急場をしのぐケースがありました。その救済策として、女中等の求人を集めて労働者をあっせんしたことが始まりといわれます。
これらの活動は当初、民間団体による奉仕活動として始まりましたが、人員や設備の面で限界がありました。そこで1909年(明治42年)、内務省は、6大都市(東京、横浜、名古屋、京都、大阪、神戸)が無料の職業紹介所を設置するのであれば、国庫補助を行う旨を通達しました。これを受けて1911年(明治44年)1月、東京市が芝と浅草に職業紹介所を設置。これが日本における公共職業紹介所の始まりとなりました。
参考文献
・「労働政策レポート Volume 14」(独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT))を加工して作成(2026年6月18日に利用)
国際労働機関の設立
1919年
第一次世界大戦終結後の1919年(大正8年)、ヴェルサイユ条約に基づき、国際連盟の下に国際労働機関(ILO)が発足し、日本も加盟しました。
発足の目的は、当時の主要工業国で起きていた労働者の搾取を背景に、労働条件の改善を通じて世界の恒久平和の確立に寄与すること、そして完全雇用・労使協調・社会保障等を促進することでした。
同年10月の第1回総会にて失業に関する条約(第2号)および同勧告(第1号)が採択されました。第2号条約は、加盟国に公の無料の職業紹介所を設けるよう求めるもので、第1号勧告は、有料・営利の職業紹介所の設立禁止を求める内容でした。こうした労働市場における仲介ビジネスの禁止・規制が、その後の日本の労働政策のあり方に大きな影響を与えました。
参考文献
・「労働政策レポート Volume 14」(独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT))を加工して作成(2026年6月18日に利用)
職業紹介法の制定
1921年
こうした中、1921年(大正10年)4月に「職業紹介法」が成立しました。
これにより、職業紹介事業は国の事務と位置付けられ、市町村が公の職業紹介所を設置することとなりました。この紹介所でのサービスは原則無料で、運用経費の2分の1以内を国が補助することと定められました。
一方、有料または営利目的の民間職業紹介事業については、別途1925年(大正14年)に制定された「営利職業紹介事業取締規則」により、地方長官の許可制となりました。
<補足>
労働者の募集については1924年(大正13年)12月に「労働者募集取締令」を制定し、取り締まりを強化しました。これは引っ越しを伴うような広域募集を対象としており、スカウト等の募集従事者を地方長官の許可制としました。そして、以下のような行為を禁止しました。
・募集の際に事実をかくして誇大広告する等の不正な手段を用いること
・応募を強要すること
・応募者の外出・通信・面接を妨げて自由を拘束し、過酷な取扱いをすること
・応募者の所持品を強制的に預かり返さないこと
・応募者やその保護者から名目を問わず金銭や財物を巻き上げること 等
参考文献
・「労働政策レポート Volume 14」(独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT))を加工して作成(2026年6月18日に利用)
職業紹介法の改訂
1938年
1938年(昭和13年)、「職業紹介法」が全面改正されました。
新法には『何人ト雖モ職業紹介事業ヲ行フコトヲ得ズ』の文言が織り込まれ、営利目的の職業紹介事業は原則禁止となりました。これ以降、職業紹介は原則として国が担う仕組みへ移行し、既存の民間事業者については、一定の場合に限り例外的な継続が認められました。また、このとき誕生した国営職業紹介所が現在のハローワークの前身になっていきます。
全面改正の目的は、それまで市町村が運営していた職業紹介所を国営化することにありました。その背景には、満州事変(昭和6年)や日中戦争(昭和12~20年)により、軍需産業等へ労働力を重点的に配置する必要性が急速に高まったことにあります。これにより、職業紹介所は失業者を救済・支援する機関という側面に加え、労働力を確保・配置する役割を強めていきました。
<補足>
民間の職業紹介事業は原則禁止となりましたが、施行時点で既に許可を得ていた職業紹介事業者に限り、新たな規則に従うことを条件に、例外的に事業継続が認められていました。
参考文献
・「労働政策レポート Volume 14」(独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT))を加工して作成(2026年6月18日に利用)
職業安定法の制定
1947年
1947年(昭和22年)11月、「職業紹介法」は廃止され、新たに「職業安定法」が制定されました。また1947年から1949年(昭和24年)にかけて、失業保険金給付によって失業者の生活安定を図る「失業保険法」や、多数の失業者を失業対策事業・公共事業で雇用する「緊急失業対策法」が随時制定され、これらは「職安三法」として戦後の職業安定行政の柱となりました。
職業安定法の制定において、GHQ占領下で労働の民主化が進められ、中間搾取や強制労働につながるおそれがあるとされた労働慣行に対して、厳しい規制が導入されました。これにより、労働者供給事業(供給元と労働者の間に支配・従属関係がある労働者を、他人に使用させる事業)は原則禁止となりました。
例外として、労働組合等が厚生労働大臣の許可を得た場合に限って、無料の労働者供給事業を行うことが認められます。労働組合は営利を目的とせず、組合員の労働条件の維持・向上を目的として運営されているため、不当支配や中間搾取等が生じにくいと考えられていました。
しかしその後、多くの産業・業種で、実質的には労働者供給にあたる業務形態(労働者を他人に使用させ、料金を得る形態)が広がり、中間搾取や不安定雇用が問題視されるようになりました。
2. 派遣事業の誕生
世界初の派遣会社
1948年
1948年(昭和23年)、アメリカにおいて、世界で初めて「人材派遣」という仕組みが生まれたとされています。エルマー・ウィンター(Elmer Winter)とアレン・シャインフェルド(Aaron Scheinfeld)という2人の弁護士が、企業が必要な時に必要な人材を活用できるサービスを考え、人材派遣会社を創設しました(現在のマンパワーグループ)。
当初は、一時的な事務スタッフの派遣が主であったといわれています。その背景には、戦後の急速な経済変化の中で、柔軟な人材確保を求める企業側の需要があったといわれています。
その後、同社は全米へ事業を拡大、1956年(昭和31年)には初の海外拠点をカナダに設立し、世界に事業を拡大しました。
参考文献
・「米国の人材ビジネス」(リクルートワークス研究所)を加工して作成(2026年6月18日に利用)
日本初の派遣会社
1960年代
1964年(昭和39年)、マンパワーは香港に拠点を設立し、アジア太平洋地域への進出を果たしました。そして1966年(昭和41年)、7番目の進出国として、外国資本の派遣会社「マンパワー・ジャパン株式会社」が日本に設立され、その後、1969年に日本初の内資の派遣会社、「株式会社マン・フライデー」が設立されました。
当時の主な事業内容は、業務処理の請負(うけおい)でした。これに対し労働省(現在の厚生労働省)は数度にわたり実態調査を行い、同社を違法な労働者供給として扱うかどうか協議しました。しかし労働者が同社の社員として雇用されており、従来の職業紹介事業とは異なる面があることや、同社と労働者間の支配・従属関係の実態把握が十分でないとの指摘を受ける等、対応はすぐには決まりませんでした。
初期の派遣形態
1970年代
労働省が対応を検討する間にも、同様のビジネスを展開する企業が続々と参入し、この事業分野は急速に発展していきました。1973年に「テンプスタッフ(現 パーソルテンプスタッフ株式会社)」、1976年に「テンポラリーセンター(現 株式会社パソナグループ)」が続々と設立され、水面下のビジネスとして人材ビジネスを行ってきました。
各社は、禁止されている労働者供給に該当しないよう、「自社が雇用する労働者に対し、自ら業務指示を行い、発注者から依頼された業務を完遂させる」という業務請負の形態で対応しました。日本企業の間でも、社内の人材だけでは対応しきれない業務を、専門的な知識や技術を持つ外部人材で補う手段として、このサービスが利用されるようになっていきます。
その後、この業務請負事業については、産業界のニーズに応えていることや労働者に新たな就労機会を提供していること等から、その役割を評価する動きが生まれ、従来の規制の再検討につながっていきました。そして1980年(昭和55年)、労働省は、労働者派遣事業制度の創設を具体的に提言しました。さらに1984年(昭和59年)には、労働者派遣事業は労働者供給事業の一形態であるとした上で、一定条件の下で禁止を解除し制度化するという方針が、初めて明確に示されました。
参考文献
・「労働政策レポート Volume 14」(独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT))を加工して作成(2026年6月18日に利用)
3. 労働者派遣法の制定
労働者派遣法の制定とその背景
1985年
ついに1985年(昭和60年)、限定的ながら労働者派遣事業を認める「労働者派遣法」が制定され、1986年(昭和61年)に施行されました。新法では、専門的な知識を必要とする13業務に限り、労働者派遣を受け入れることができると定めました(「できる業務」を列挙する=ポジティブリスト方式)。
なお、施行後すぐに3業務が追加され、16業務になりました。
派遣法成立の背景には、経済成長に伴い、より柔軟で多様な労働力需給システムに対する需要の高まりがあるといわれています。ただし、あくまでも正規雇用労働者の雇用を脅かさないことが制度設計の前提とされていました。派遣対象が限定的だったのは、正規雇用労働者の雇用を保護することを目的としていたためです。
一般の事務等ではなく専門性の高い業務に絞ることで、正規雇用労働者が派遣労働者に置き換えられる常用代替(じょうようだいたい)を防ぐ狙いがありました。
このとき認められたのは、ソフトウェア開発や通訳、秘書等、当時の直接雇用では補いきれない高度な専門職が中心でした。
<補足>
(1)当初認められていた13業務
ソフトウェア開発、事務用機器操作、通訳・翻訳・速記、秘書、ファイリング、調査、財務処理、取引文書作成、デモンストレーション、添乗、建築物清掃、建築設備運転・点検・整備、受付・案内・駐車場管理
(2)追加された3業務
機械設計、放送機器等操作、放送番組等演出
参考文献
・「労働者派遣制度の概要及び改正経緯について」(厚生労働省)を加工して作成(2026年6月18日に利用)
26業務限定への緩和
1996年
1996年(平成8年)、労働者派遣を受け入れられる業務が、従来の16業務からさらに拡大されました。これ以降、専門性が高いこと、または働き方が特殊であることのいずれかに該当し、かつ常用代替のおそれがないと認められた26業務を、いわゆる「26業務」と呼び、労働者派遣の対象としました。
これにより、従来のソフトウェア開発や秘書等の16業務に加え、研究開発や書籍等の制作・編集、広告デザイン等、時代の変化に合わせた10業務が新たに追加されました。
<26業務の選定基準>
(1) その業務を迅速かつ的確に遂行するために専門的な知識、技術または経験を必要とする業務
(2) その業務に従事する労働者について、就業形態、雇用形態等の特殊性により、特別の雇用管理を行う必要があると認められる業務
<補足>
(1)元々認められていた16業務
ソフトウェア開発、事務用機器操作、通訳・翻訳・速記、秘書、ファイリング、調査、財務処理、取引文書作成、デモンストレーション、添乗、建築物清掃、建築設備運転・点検・整備、受付・案内・駐車場管理、機械設計、放送機器等操作、放送番組等演出
(2)追加された10業務
研究開発、事業の実施体制の企画・立案、書籍等の制作・編集、広告デザイン、インテリアコーディネーター、アナウンサー、OAインストラクション、セールスエンジニアの営業、放送番組等における大道具・小道具、テレマーケティング
※後の法改正により一部定義・名称の変更あり
参考文献
・「関係資料」(厚生労働省)(2026年6月18日に利用)
4. 派遣市場の拡大
原則自由化(ネガティブリスト化)
1999年
1997年(平成9年)、国際労働機関(ILO)総会にて「民間職業仲介事業所に関する条約(第181号)」等が採択され、民間の職業紹介事業の運営を認める方針がとられました。
それまでILOでは、有料・営利の職業紹介所の設立を原則として禁止し、公的な職業紹介所の設置を求めていました。しかし民間の雇用事業者が急速に規模を拡大し、労働市場の重要な要素となっている実態を踏まえ、職業紹介事業および労働者派遣事業を含む民間事業者を認め、共存する姿勢へと転換しました。これを受けて、日本でも労働者派遣法の規制緩和が進むこととなりました。
そして1999年(平成11年)、労働者派遣法の改正により、労働者派遣を受け入れられる業務が原則自由化され、一部業務のみを例外的に禁止することになりました。派遣禁止業務とされたのは、建設、港湾運送、警備、医療、製造業務等です(対象外業務を設定=ネガティブリスト化)。労働者を保護する独自の制度が既にある職種や、医療・士業等のより専門的な資格・スキルが求められる職種に関しては、派遣労働での業務が禁止されました。ただし、常用代替を防止するため、「26業務」以外の業務については、派遣労働者の受け入れ期間について制限が設けられました。
参考文献
・「労働政策レポート Volume 14」(独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT))を加工して作成(2026年6月18日に利用)
紹介予定派遣の解禁
2000年
2000年(平成12年)からは、「紹介予定派遣」が解禁されることとなりました。
紹介予定派遣とは、労働者派遣のうち、派遣期間(最長6カ月)終了後に、派遣先で直接雇用(正社員・契約社員等)されることを前提として行われるものです。
紹介予定派遣では、通常の労働者派遣では禁止されている、派遣期間中の採用内定や、派遣就業開始前の面接、履歴書の送付等を行うことができます。
これにより、派遣先と派遣労働者の双方のミスマッチを軽減し、労働者の直接雇用を促進する狙いがありました。
製造業派遣の解禁
2003年
2003年(平成15年)に労働者派遣法が改正され、「物の製造業務」への労働者派遣が解禁されました(施行は2004年)。物の製造業務とは、物を溶融・鋳造・加工または組み立て、塗装する業務や、製造用機械の操作、運搬、選別、洗浄等を指します。物の製造業務については、当初派遣可能期間の上限を原則1年としていましたが、2007年(平成19年)からは、最長3年まで延長可能になりました。
また、いわゆる「26業務」以外の一般業務について、派遣の受け入れ期間の上限が従来の1年から最長3年まで延長されました(専門的な「26業務」については、派遣可能期間の制限を設けないことになりました)。
さらに同年、派遣先に対して、派遣労働者への労働契約の申込み義務が新たに創設されました。派遣の期間上限(3年等)を迎えた後もその業務に派遣労働者を使い続けたい場合や、同じ職場で3年を超えて働いた派遣労働者がいる業務に新しく人を直接雇用しようとする場合に、まずその派遣労働者に対して、直接雇用の提案をする(申し込む)ことを企業に義務付けました。
参考文献
・「派遣労働者に対する雇用契約の申込み義務について」(厚生労働省)を加工して作成(2026年6月18日に利用)
・「政令26業務等の付随的な業務について」(厚生労働省)を加工して作成(2026年6月18日に利用)
・「労働者派遣事業関係業務取扱要領」(厚生労働省)を加工して作成(2026年6月18日に利用)
派遣市場の拡大
2006年
その他、2000年代以降、医療ニーズの高まりに対応するため、それまで原則禁止されていた医療関係業務への労働者派遣も段階的に認められるようになりました。
ただし、全面的に解禁されたわけではなく、産前産後休業や育児休業、介護休業中の労働者の代替業務や、へき地での就業、医療機関以外の場所(有料老人ホーム、デイサービス等)での看護師業務等に限定した部分解禁となっています。
5. 派遣をめぐる課題と制度改革
リーマンショックと派遣切り問題
2008年
2007年(平成19年)以降、法律で労働者派遣が禁止されている業務(港湾業務等)への派遣や、受け入れた派遣労働者をさらに別の企業に派遣する「二重派遣」等が発生し、違法派遣の問題が社会的に注目を集めるようになります。またその頃、雇用の不安定さや低賃金のためにいくら働いても貧困から抜け出せない「ワーキングプア」や、インターネットカフェに寝泊まりしながら日雇派遣等で生計を立てる「ネットカフェ難民」といった言葉が生まれ、問題視されるようになりました。
そんな中、2008年(平成20年)にアメリカの大手投資銀行リーマン・ブラザーズが多額の負債を抱えて倒産したことをきっかけに、世界的な金融・経済危機(リーマンショック)が発生しました。
日本経済も大きく影響を受け、派遣契約を途中で打ち切られる「派遣切り」や、契約の更新を拒否される「雇止め」が続出し、多くの派遣労働者が職を失う事態となりました。
特に製造業で働く非正規労働者の場合、会社の寮で生活しているケースが多かったため、仕事と住居の両方を同時に失うことになりました。彼らが東京の日比谷公園に集まって年を越した「年越し派遣村」は、日本中に大きな衝撃を与えました。
労働者待遇改善に向けた規制強化
2012年
2008年(平成20年)頃の「派遣切り」や不安定就労の問題を受け、日本では派遣労働者の保護を強化する方向で制度の見直しが進められました。特に2012年(平成24年)の労働者派遣法改正では、法律名が「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」から、「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」へ変更されました。法律名に「保護」が明記されたことで、労働者派遣制度において派遣労働者保護を重視する姿勢がより明確になりました。
この改正では、短期・不安定就労の抑制や、常用代替の防止を目的として、複数の規制が導入されました。
まず、日雇い派遣が原則として禁止されました。日雇い派遣とは、日々雇用、または30日以内の契約期間で行われる派遣労働を指します。厚生労働省は、短期間雇用では適切な雇用管理や安全衛生管理が行われにくく、違法派遣や労働災害につながるおそれがあると指摘しています。そのため、一部の例外業務等を除き、日雇派遣が原則禁止されました。
また、いわゆる「グループ派遣」に対する規制も導入されました。これは、派遣元が親会社や関連会社への派遣に偏ることで、労働力需給調整機能が十分に果たされなくなることを防ぐ目的がありました。また、直接雇用の代替として派遣労働が利用されることによる労働条件低下を防ぐ目的もありました。このため、グループ企業への派遣割合については、全体の派遣労働者数の8割以下とする規制が設けられました。
加えて、離職後1年以内の労働者を派遣労働者として受け入れることについても規制が設けられました。これは、正社員等を離職させた後に派遣労働者として再受入れすることで、人件費削減や労働条件の引下げを行う、いわゆる「常用代替」を防止することを目的としていました。この規制により、直接雇用から派遣労働への安易な置換えを抑制する方向性が示されました。
さらに、派遣労働者の待遇改善や雇用安定に向けた施策も盛り込まれました。厚生労働省は、派遣労働者について「能力開発の機会が得にくい」「派遣就業が固定化しやすい」「無期雇用へ移行する機会が少ない」といった課題を指摘し、派遣元に対し、無期雇用への転換推進措置を努力義務として求めました。
また、違法派遣が発覚した際に、派遣労働者が雇止めや解雇等の不利益を受けるケースも問題視されていました。そこで派遣労働者を守るために、「労働契約申込みみなし制度」も創設されました。この制度は2015年(平成27年)10月から施行され、違法派遣を受け入れていた派遣先が、派遣労働者に対して労働契約の申込みをしたものとみなす制度です。これにより、違法派遣の抑止と、派遣労働者保護の強化が図られました。
なお、「労働契約申込みみなし制度」は2012年(平成24年)改正で創設されましたが、実際の施行は2015年(平成27年)10月でした。これは、違法派遣時に派遣先へ直接雇用契約上の責任が生じる制度であり、企業への影響が大きかったためです。そのため、派遣会社や派遣先企業が制度へ対応するための準備期間が設けられました。
参考文献
・「労働者派遣制度の概要及び改正経緯について」(厚生労働省)を加工して作成(2026年6月18日に利用)
・「平成24年労働者派遣法改正の概要」(厚生労働省)を加工して作成(2026年6月18日に利用)
期間制限の見直し(3年ルール)
2015年
日本の労働者派遣制度では、かつて、いわゆる「26業務」という区分が設けられていました。しかし、実際の現場では、業務内容が「26業務」に該当するかどうかの判断が難しいという問題がありました。その結果、企業と労働者の間でトラブルが発生しやすく、制度の複雑さも課題となっていました。
一部では、この制度運用のあり方が問題視されるケースもありました。例えば、業務内容を調整し、書類上で「26業務」に該当すると整理することで、長期間にわたり派遣労働者を受け入れるケースも見られました。その結果、本来は一時的・臨時的な働き方とされていた派遣労働が、長期間固定化される事例もありました。一方で、派遣労働者からは、不安や不満の声も上がっていました。「同じ職場で長期間働いていても雇用が安定しない」「キャリア形成につながりにくい」といった課題も指摘されていました。こうした背景から、政府は、制度をよりわかりやすくするとともに、派遣労働者の雇用安定やキャリア形成を促進する必要があると判断しました。
こうした状況を受けて、政府は2015年(平成27年)に労働者派遣法を改正しました。この法改正により、「26業務」という区分は廃止され、全ての業務で共通の期間制限ルールが適用される制度へ移行しました。
新制度では、期間の制限が「職場全体(事業所単位)」と「働く人単位(個人単位)」の2つの視点から整理されました。
まず「職場全体(事業所単位)」の制限では、一つの会社(事業所)が派遣労働者を受け入れられる期間を、原則として最長3年までと定めました。
もう一つの「働く人単位(個人単位)」の制限では、同じ派遣社員が同じ部署(組織単位)で働ける期間を、原則3年までと定めました。このルールにより、派遣労働者が同じ部署で長期間働き続けることはできなくなりました。
ただし、一部には例外もあります。例えば、派遣先が労働組合または過半数代表者から意見聴取を行った場合には、事業所単位の派遣受入れ期間を延長できます。また、派遣労働者が別の組織単位へ異動した場合や、派遣元と無期雇用契約を締結している場合等は、個人単位の期間制限の対象外となります。政府は、この法改正を通じて、派遣労働の固定化を防ぐとともに、派遣労働者の雇用安定やキャリア形成を促進することを目指しました。
参考文献
・「平成24年労働者派遣法改正の概要」(厚生労働省)を加工して作成(2026年6月18日に利用)
・「労働者派遣制度の概要及び改正経緯について」(厚生労働省)を加工して作成(2026年6月18日に利用)
労働者派遣一律許可制
2015年
日本の労働者派遣業界では、2000年代以降に派遣という働き方が広がるにつれて、多くの企業が市場へ参入しました。当時の労働者派遣制度では、労働者派遣事業は主に2つの区分に分かれていました。
1つは、派遣元に常時雇用されている労働者のみを派遣する「特定労働者派遣事業」です。この事業は、国への届出によって開始できる仕組みとなっていました。もう1つは、登録型派遣を含む「一般労働者派遣事業」で、こちらは厚生労働大臣の許可が必要でした。この制度の違いから、比較的参入しやすい届出制の事業者が増加していきました。
一方で、派遣元の増加に伴い、派遣労働者への教育訓練や雇用管理が十分でないケースも指摘されるようになりました。特に、小規模事業者の中には、十分な財務基盤を持たないまま事業を継続する事例もありました。その結果、派遣労働者の雇用安定や待遇確保への影響が懸念されるようになりました。
こうした状況を受けて、政府は2015年に労働者派遣法を改正しました。この改正により、特定労働者派遣事業と一般労働者派遣事業の区分は廃止され、全ての労働者派遣事業が許可制へ一本化されました。新しい制度では、派遣元に対し、一定の資産要件や適切な事業運営体制を備えることが求められるようになりました。国は、事業計画、財務状況、個人情報管理体制等について審査を行うこととしました。政府は、この法改正を通じて、適正な事業運営を促進し、派遣労働者が安心して働ける環境整備を進めました。
当時は、「届出制では適正な事業運営の確保が難しいため、許可制への一本化が必要だ」という意見がある一方で、「小規模事業者への負担が大きい」といった懸念もありました。しかし、最終的には、派遣労働者の保護や雇用安定を重視する方向で制度改正が行われました。この法改正は、労働者派遣業界全体の適正化および信頼性向上を目的とした重要な改革と位置づけられています。
派遣労働者のキャリアアップ・処遇改善強化
2015年
国内では2000年代以降、派遣労働者数が増加しました。それに伴い、派遣労働者の雇用の不安定さや、長期的なキャリア形成の難しさが課題として指摘されるようになりました。
労働者派遣制度は、本来、一時的・臨時的な働き方として位置づけられていました。しかし、実際には、長期間にわたり派遣労働者として働き続ける人も増加していました。一方で、多くの派遣労働者には、十分な教育訓練の機会や、将来に向けたキャリア形成支援が十分に提供されていない状況がありました。特に、2008年(平成20年)のリーマン・ショック後には、企業側の事情による派遣契約の中途解除、いわゆる「派遣切り」が社会問題となりました。これにより、派遣労働者の雇用や生活の不安定さが広く注目されました。当時は、仕事と住居を同時に失う派遣労働者の事例も報道され、労働者保護の強化を求める声が高まりました。
こうした状況を受けて、政府は2015年(平成27年)に労働者派遣法を改正しました。この法改正では、派遣労働者のキャリア形成支援や雇用安定措置の強化が進められました。法改正に伴い、派遣元事業主には、派遣労働者に対する計画的な教育訓練の実施が義務付けられました。また、教育訓練は、派遣労働者の費用負担なしで実施し、訓練時間については賃金を支払う必要があります。これにより、派遣労働者が働きながら能力開発を進められる環境整備が進みました。また、派遣元事業主には、キャリアコンサルティングの相談体制整備も義務付けられました。さらに、派遣元事業主には、派遣終了後の雇用安定措置として、新たな就業機会の提供や、直接雇用への支援等を行う努力義務も設けられました。
法改正当時は、「派遣労働者のキャリア形成支援や雇用安定を強化すべきだ」という意見が広く見られました。一方で、派遣会社からは、「教育訓練や相談体制の整備にはコスト負担が伴うため、中小事業者への影響が大きい」といった懸念も示されました。しかし、最終的には、派遣労働者の雇用安定や能力向上を進める必要性が重視され、制度改正が実施されました。
均等・均衡待遇の義務化
2020年
日本では長年、パートタイム労働者や有期雇用労働者、派遣労働者等の非正規雇用労働者が増加していました。その一方で、正社員との待遇差が社会問題となっていました。パートタイム労働者や有期雇用労働者、派遣労働者は、正社員と同じ仕事や責任を担っている場合でも、賃金や賞与、各種手当、福利厚生等で待遇差が設けられているケースが多く見られました。特に、長期間勤務していても、賃金が上がりにくいことや、退職金が支給されないことが課題となっていました。また、通勤手当や教育訓練、休暇制度等の面でも、正社員との待遇差が指摘されていました。
こうした状況を改善するため、政府は「同一労働同一賃金」の考え方に基づき、法整備を進めました。2020年(令和2年)4月には、「パートタイム・有期雇用労働法」が、まず大企業を対象に施行されました。これにより、企業は、雇用形態に関わらず、職務内容や責任の程度等が同じである場合、不合理な待遇差を設けてはならないよう定められました。
政府がこの制度を導入した目的は、正社員と非正規雇用労働者との間にある不合理な待遇差を是正し、働き方に関わらず納得して働ける環境を整備することにありました。また、政府は、多様な働き方を選択できる社会の実現も目指していました。背景には、非正規雇用労働者が企業活動を支える重要な役割を担っている一方で、待遇面では格差が残っていた状況がありました。
この法律では、企業に対し、基本給や賞与、各種手当、福利厚生等について、正社員と非正規雇用労働者との間に不合理な待遇差を設けることを禁止しました。また、この法律では、労働者が待遇差の理由について説明を求められるよう、企業側の説明義務も強化されました。企業は、労働者から求めがあった場合、待遇差の内容や理由を説明しなければなりません。
参考文献
・「同一労働同一賃金特集ページ」(厚生労働省)を加工して作成(2026年6月18日に利用)
2021年
2020年(令和2年)4月に、「パートタイム・有期雇用労働法」が、まず大企業を対象に施行されました。その後、政府は2021年(令和3年)4月から、中小企業にも適用を拡大しました。政府が中小企業への適用を1年間猶予した背景には、中小企業側からの経営への負担を懸念する声があります。
当時、多くの中小企業は、人手不足や人件費の上昇に直面していました。大企業と比べて資金力に余裕がない中小企業は、基本給や賞与、各種手当、福利厚生等を一度に見直すことで、人件費が急増し、経営に影響が出ることを懸念し「パートタイム労働者や契約社員の待遇改善を短期間で進めることは難しい」という意見を示していました。また、地方の中小企業には利益率の低い業種も多く、経営団体等からは、「急激な制度変更への対応は難しい」という意見も出ていました。
一方で、労働組合や専門家からは、「企業規模によって待遇改善の時期を分けるべきではない」という意見も出されていました。実際に、パートタイム労働者や有期雇用労働者の多くは、中小企業で働いています。そのため、労働組合等は、適用の猶予によって待遇格差の是正が遅れることを懸念していました。また、「同じ仕事をしているにもかかわらず、雇用形態によって待遇に差がある状況は改善すべきだ」という意見も広がっていました。
政府は、企業側と働き手側の意見を踏まえ、中小企業に1年間の準備期間を設けました。中小企業は、この猶予期間を利用して、賃金制度や福利厚生の見直し、社内規程の整備、従業員への説明準備等を進めました。また、厚生労働省は、不合理な待遇差の考え方を示した指針や相談窓口を整備し、助成制度等を通じて中小企業の対応を支援しました。
2021年(令和3年)4月に中小企業にも同一労働同一賃金のルールが適用されたことで、正社員と非正規雇用労働者との不合理な待遇差の解消に向けた取り組みが、本格的に進められるようになりました。
6. 現在の派遣市場とこれから
人手不足と派遣需要
日本では近年、深刻な人手不足を背景に、企業による労働者派遣事業の利用が広がっています。国内では、少子高齢化によって働く人の数が減少しています。そのため、物流や製造、IT、医療・福祉等の分野では、慢性的な人手不足が続いています。こうした状況を受け、多くの企業が「必要な働き手をすぐに確保する手段」として、労働者派遣事業を活用しています。特に、繁忙期の人員補充や、専門知識を持つ人材を確保する目的で、派遣の需要が増加しています。その結果、労働者派遣市場は拡大しています。
市場が拡大する一方で、派遣元の間では、派遣労働者を確保するための競争が激しくなっています。現在、日本全体で人手不足が深刻化しており、求職者の数も限られています。そのため、各派遣元は、求人広告やインターネット、SNS、紹介制度等を活用して、派遣労働者の確保を進めています。しかし、求人広告費や募集費用は年々上昇しており、派遣労働者一人当たりの採用コストも増加しています。さらに、派遣元には、派遣労働者の待遇改善や賃金の引き上げも求められています。
一方で、派遣労働者を受け入れる企業側でも、人材を確保するために待遇を良くする動きが見られます。同一労働同一賃金や、最低賃金の引き上げを背景に、多くの企業は派遣料金の値上げを受け入れるようになっています。企業にとっては、コスト負担が増えても、働き手を確保することが優先課題となっているためです。こうした変化に伴い、派遣元には、人材を企業へ派遣するだけでなく、専門人材を育成する研修や、スタッフが継続して働ける支援体制の整備も求められています。
現在の日本の派遣業界は、人手不足による需要の増加が市場の成長を支えています。その一方で、派遣労働者を集めるための費用増大が、各社の大きな課題となっています。今後は、派遣元による待遇改善や、スキル向上支援の充実が重要になると考えられます。
派遣会社の倒産
2025年
日本の労働者派遣業界では、近年の深刻な人手不足を背景に、企業による人材確保の需要が高まっています。特に、物流、製造、IT等の分野では、慢性的な人手不足が続いています。こうした状況を受け、多くの企業が、必要な人材を迅速に確保する手段として、労働者派遣サービスを活用しています。この需要拡大に伴い、企業が派遣元へ支払う派遣料金(派遣単価)も上昇しています。その結果、労働者派遣市場は拡大しています。
2024年度の労働者派遣市場では、人手不足を背景として、企業からの高い需要が続きました。この時期、多くの派遣元は、派遣労働者の賃金引上げに対応するため、派遣料金の改定交渉を進めました。その結果、派遣単価が上昇し、市場規模も拡大しました。特に、物流、製造、IT分野では、即戦力人材への需要が強く、労働者派遣事業への依存度も高まっています。
一方で、派遣元間では、派遣労働者を確保するための競争が激しくなっています。現在は、求職者数そのものが限られている状況です。その一方で、求人広告費および採用関連費用は増加しています。さらに、派遣元には、賃金引上げや福利厚生の充実も求められており、人材確保にかかるコストは増加しています。その結果、売上は増加していても、利益率の低下に直面する派遣元も増えています。また、一部では、人材募集や拠点拡大への投資負担が先行し、十分な派遣先を確保できなかったことで、経営が悪化したケースも指摘されています。
現在の日本の労働者派遣業界は、人手不足による需要拡大が市場を支える一方で、人材確保費用および人件費の上昇が、派遣元の経営を圧迫する状況となっています。今後は、教育訓練による人材育成、定着支援、ITを活用した効率的なマッチング体制の整備等が、派遣元にとって重要な課題となっています。
高度人材派遣の拡大
日本の労働者派遣業界では、近年、紹介される働き手の専門化が進んでいます。これまでの派遣労働は、事務の補助や工場の作業といった定型業務での利用が中心でした。しかし現在は、企業の人材不足やDX(デジタルトランスフォーメーション)推進を背景に、高度な専門知識や実務経験を持つ人材への需要が高まっています。具体的には、企業の管理職、ITエンジニア、データ分析担当者、AIエンジニア、コンサルタント等の需要が伸びています。また、企業は若年層だけでなく、専門性や経験を持つミドル・シニア層の採用も進めています。これは、ミドル・シニア層が、高い専門性やマネジメント経験を持つ場合が多いためです。そのため、これらの人材は、一般的な事務職の派遣と比べて、紹介料や契約単価が高くなる傾向にあります。
こうした変化の背景には、日本国内で進む少子高齢化と働き手の減少があります。企業は正社員の採用だけでは、必要な専門人材を十分に集められない状況に直面しています。そのため、企業は必要なスキルを持つ人材を、人材派遣や人材紹介等を通じて柔軟に確保しています。特にIT分野では、システム開発や人工知能(AI)の活用、ネットワーク運用等を担う人材が不足しています。人材サービス各社にとっても、高度人材を、どのように確保・育成するかが重要な課題となっています。
こうした需要の変化に合わせて、派遣元も体制を見直しています。各社は、高度な人材を専門に扱うチームを立ち上げたり、特定の職種に特化したサービスを展開したりしています。
これまでは幅広い職種を扱う総合型サービスが主流でしたが、現在では「IT技術者専門」「管理職専門」「外資系企業向け」等、分野別に特化したサービスが増えています。
さらに、各社はインターネットを使った面談や、AIによるデータ分析も取り入れています。これにより、企業と働き手の、より精度の高いマッチングが進んでいます。
均等・均衡待遇の改善
2026年
日本の労働者派遣事業業界では、近年、派遣労働者の処遇を改善するための仕組みづくりが進んでいます。その背景には、同じ仕事をしている正社員と派遣労働者の間で、給与やボーナス、福利厚生に格差があるという問題がありました。また、その格差の理由が派遣労働者に十分に説明されていないことも課題でした。こうした状況を受けて、政府は同一労働同一賃金の原則に基づき、派遣労働者の待遇改善や説明義務の強化を進めています。
政府は2026年(令和8年)10月1日に、労働者派遣法の同一労働同一賃金に関する省令・指針の改正を行います。今回の改正の主な目的は、派遣労働者のさらなる待遇改善と、待遇差に関する説明の充実です。
特に今回の改正では、派遣元が派遣労働者に対して行う「説明の義務」の強化が最大の柱となっています。具体的には、派遣元は、派遣労働者を雇い入れる時や派遣先を変更する時に、待遇の相違の内容や理由について説明を求めることができる旨を、書面等で明示しなければならなくなります。これにより、派遣労働者は正社員との格差について確認しやすくなります。一方で、派遣元には、比較対象となる正社員との違いについて、これまで以上に詳しく説明する責任が生まれます。
また、政府が定める「同一労働同一賃金ガイドライン」も同時に改定されます。この改正では、賞与や退職金に関する考え方の整理、および裁判例等を踏まえた具体例の追加が行われています。新しいガイドラインは、どのような格差が不当な差別にあたるのかを具体例とともに示しています。そして政府は企業に対して、給与だけでなく、福利厚生やキャリアアップの支援も含めた総合的な見直しを求めています。
さらに、派遣労働者が成果を上げたり、スキルを磨いたりした際には、それに応じて給与等が上がる仕組みも推奨されています。そのため、企業には、公正な評価制度の整備や、評価結果を本人へ適切に伝えることが求められます。
厚生労働省は、これら一連の改正を通じて、雇用形態に関わらず、公正な待遇が確保される環境づくりを進めています。特に、派遣社員が自分の待遇について納得のいく説明を受けられる環境を整えることで、待遇差の透明性向上を目指しています。
今回の制度改正は、派遣労働者の待遇改善だけでなく、企業に対しても、より適切な雇用管理や説明責任を求めるものとなっています。
参考文献
・「派遣労働者の同一労働同一賃金について」(厚生労働省)を加工して作成(2026年6月18日に利用)